ニュース・法律の最新情報

シングルで子どもを迎える前に|遺言で未成年後見人を指定しておくという備え

遺言で未成年後見人を指定しておく備えを解説する記事のアイキャッチ画像

精子提供で子どもを迎える準備を進めるなかで、「もし自分に何かあったら、この子はどうなるのだろう」と考えたことがある方は少なくありません。おひとりで子どもを迎える場合、親権を行うのがご自身おひとりになりますので、この点をあらかじめ整理しておく意味は大きくなります。不安を大きくするための話ではありません。日本の法律には、こうした場面のための仕組みがあらかじめ用意されています。この記事では、民法の条文と法務省が公開している情報をもとに、遺言で未成年後見人を指定しておくという備えについて整理します。法律に関わる部分は個別の事情で結論が変わりますので、最終的な判断は弁護士などの専門家にご相談ください。

なお、この指定が実際に効いてくるのはお子さんが生まれた後です。妊娠前・妊娠中に知っておいて、出生後に整える——という順番でお読みいただければと思います。

精子提供で生まれた子どもの「親権を行う人」は誰になるか

まず出発点として、生まれた子どもの親権を誰が持つのかを確認します。出産した女性が子どもの母になります。一方、精子を提供したドナーとの間には、法律上の親子関係は生じないという整理が一般的です(当サイトでは精子提供と子の相続権|民法特例法の対象範囲と法律上の親の考え方精子提供と親子関係|民法特例法を解説で扱っています)。

婚姻届を出していない場合、法律上の父子関係は認知によって生じるとされています。民法第779条は「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる」と定めています。精子提供の場合、ドナーが認知をしないのが通常ですので、法律上の父がいない状態となり、親権を行うのは母のみと整理されます

仮に認知があった場合についても、民法第819条第4項が次のように定めています。

「父が認知した子に対する親権は、母が行う。ただし、父母の協議で、父母の双方又は父を親権者と定めることができる。」(e-Gov法令検索で確認できる民法の条文による)

ただし書のとおり父母の協議で決められる余地はありますが、協議がなければ母が親権を行うとされています。以下では、ドナーの認知がなく、お母さまがおひとりで親権を行っている場合を前提に整理します。認知がある場合は、その後の扱いが変わることがありますので、弁護士などの専門家にご確認ください。事実婚のカップルや同性カップルの場合の扱いは、事実婚のカップルが精子提供を考えるとき|保険適用・AIDの対象・親子関係同性カップルの精子提供、よくある悩みと解決へのヒントで整理しています。

親権を行う人がいなくなると「未成年後見」が始まる

では、その唯一の親権者に万一のことがあったら、どうなるのでしょうか。民法第838条は、後見が開始する場合として次のように定めています。

「後見は、次に掲げる場合に開始する。一 未成年者に対して親権を行う者がないとき、又は親権を行う者が管理権を有しないとき。(以下略)」

このときに選ばれるのが未成年後見人です。未成年後見人は、親権を行う者と同じように子どもの監護・教育にあたる権利義務を持ち(民法第857条)、子どもの財産を管理し、財産に関する法律行為について子どもを代表します(民法第859条)。親権者に代わって、生活と財産の両面を担う立場と考えるとイメージしやすいと思います。

ただし、親権とまったく同じというわけではありません。民法第863条は、後見監督人または家庭裁判所は、いつでも後見人に対して後見の事務の報告や財産目録の提出を求め、後見の事務や子どもの財産の状況を調査することができる、と定めています。未成年後見人は家庭裁判所の監督を受ける立場だという点は、託される方に伝えておきたいところです。

遺言で、未成年後見人を指定しておける

ここが本題です。民法第839条第1項は、次のように定めています。

「未成年者に対して最後に親権を行う者は、遺言で、未成年後見人を指定することができる。ただし、管理権を有しない者は、この限りでない。」

ただし書の「管理権を有しない者」は、子どもの財産を管理する権限を失っている場合を指します。親権を行う人は原則としてこの権限を持つとされており(民法第824条)、これを失うのは、家庭裁判所の管理権喪失の審判(第835条)や、家庭裁判所の許可を得て管理権を辞任した場合(第837条)といったケースに限られます。通常はこれにあたりません

おひとりで親権を行っている場合、その方が「最後に親権を行う者」にあたると考えられます。つまり、「自分にもしものことがあったら、この人に子どもを託したい」という希望を、遺言という形で法律上の効力をもつ指定として残しておけるということです。

注意しておきたいのは、条文が「遺言で」と限定していることです。信頼できる人と口約束を交わしていても、メモや手紙に書いてあっても、この条文が定める指定の効力は生じません。あくまで遺言という方式によることが前提です。

指定しなかった場合はどうなるか

指定がなければ、子どもが放置されるわけではありません。民法第840条第1項は次のように定めています。

「前条の規定により未成年後見人となるべき者がないときは、家庭裁判所は、未成年被後見人又はその親族その他の利害関係人の請求によって、未成年後見人を選任する。(以下略)」

ただし、ここには二つ、知っておきたい点があります。ひとつは、家庭裁判所への請求があってはじめて手続きが動くという点です。もうひとつは、誰が選ばれるかは家庭裁判所の判断になるという点です。同条第3項は、選任にあたって子どもの年齢や心身の状態、生活・財産の状況、後見人になる方の職業や経歴、子どもとの利害関係の有無、そして子ども自身の意見など、一切の事情を考慮しなければならないと定めています。

丁寧な仕組みではありますが、あなたが誰に託したいと考えていたかは、書き残していなければ伝わりません。遺言で指定しておくことの意味は、まさにそこにあります。

とはいえ、いま託したい方がすぐに思い当たらない、という場合もあります。そのときは、家庭裁判所が選任する仕組みがあることを知っておくだけで十分です。指定がないこと自体が問題なのではなく、希望があるなら残せる、という話です。遺言はいつでも書き直せますので、状況が変わってから整えるという順番でも遅くはありません。

遺言の方式を守らないと効力が生じない

遺言には決められた方式があります。民法第967条は「遺言は、自筆証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない」と定めています(同条のただし書には、特別の方式によることを許す場合の定めもあります)。実際によく使われるのは、自筆証書遺言と公正証書遺言です。

自筆証書遺言について、民法第968条第1項は次のように定めています。

「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」

全文を自分で書く、日付を書く、氏名を書く、押印する。このどれかが欠けると効力に影響します。公正証書遺言は、証人の立会いのもとで公証人が関与して作成する方式です(民法第969条)。費用や手間はかかりますが、方式の不備が起きにくいという特徴があります。

なお、遺言は一度書いたら変えられないものではありません。民法第1022条は「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」と定めています。状況が変わったら書き直せるという前提で考えて差し支えありません。

法務局に預けられる制度がある

自筆証書遺言については、法務局(遺言書保管所)が原本を預かる自筆証書遺言書保管制度が設けられています。法務省の「01 遺言書保管制度とは?」のページによれば、この制度には次のような特徴があります。

  • 保管申請時に、民法の定める自筆証書遺言の形式に適合するかについて、遺言書保管官の外形的なチェックが受けられる
  • 原本は遺言者の死亡後50年間、画像データは150年間管理されるため、紛失や、相続人等による破棄・隠匿・改ざんを防げる
  • 相続開始後、家庭裁判所における検認が不要になる
  • 相続開始後、相続人等は全国どこの法務局でもデータによる閲覧や遺言書情報証明書の交付が受けられる
  • あらかじめ希望しておけば、遺言者の死亡が確認できたときに、指定した方(3名まで)へ遺言書が保管されている旨の通知が届く

手数料は、法務省の「09 手数料」のページによれば、遺言書の保管の申請が1件(遺言書1通)につき3,900円で、収入印紙により納付します。同ページには、閲覧の請求や証明書の交付請求など他の手続の手数料も一覧で掲載されています。

一方で、同じ「01 遺言書保管制度とは?」のページには、法務省が明記している注意点もあります。「遺言の内容について相談に応じることはできません」「本制度は、保管された遺言書の有効性を保証するものではありません」とされています。内容そのものについては、弁護士・司法書士などの専門家に相談したうえで作成し、保管制度は「確実に残し、確実に見つけてもらう」ための仕組みとして使う、という整理になります。

なお、この制度は特別な事情がある方だけのものではありません。法務省の自筆証書遺言書保管制度のトップページには利用者の声が紹介されており、そのなかには「未成年後見人を決めておきたかったため利用しました」という50歳代の方の例も挙げられています。同じ目的でこの制度を使っている方が、実際にいるということです。

あわせて考えておきたいこと

後見人の指定は、備えの一部です。実際には次のような点もセットで考えておくと、託される側も動きやすくなります。

よくある質問

未成年後見人には誰を指定できますか。

民法第847条は、未成年者、家庭裁判所で免ぜられた法定代理人・保佐人・補助人、破産者、被後見人に対して訴訟をした(している)者とその配偶者・直系血族、行方の知れない者は後見人になることができないと定めています。具体的にどなたを指定するのが適切かは、ご家庭の事情によりますので、専門家にご相談ください。

指定した人は、必ず後見人になりますか。

正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て任務を辞することができるとされています(民法第844条)。だからこそ、遺言に書く前にご本人の意向を確認しておくことが大切です。

ドナーが後見人になることはありますか。

誰が未成年後見人になるかは、遺言による指定か、家庭裁判所の選任によって決まります。ドナーが自動的に後見人になるという仕組みはありません。当バンクでは、ドナーが子どもを認知しないこと、親権を主張しないことを契約書に明記する運用をとっています。ただし、子ども自身が将来認知を求める権利まで契約であらかじめ消しておくことはできないとされています。契約書の位置づけと限界については精子提供における「契約書」の役割とは?法的効力と署名の意味をご覧ください。

子どもが生まれる前に準備しておくべきですか。

遺言で未成年後見人を指定できるのは「未成年者に対して最後に親権を行う者」ですので、実際に効力が問題になるのはお子さんが生まれた後です。妊娠中から考え始めておき、出生後に整えるという進め方が現実的です。妊娠後の手続きの流れは精子提供で妊娠したあとの流れ|産科の受診から出生届までの進め方にまとめています。

備えておくことは、不安のためではなく安心のために

ここまでお読みになって、重い話だと感じられたかもしれません。ただ、この備えは「起きるかもしれないこと」を考えるためではなく、「考えなくてよくする」ためのものです。決めて、書いて、預けておけば、ご自身が今できることはそこまでです。その先は、託された方が専門家とともに進めることになります。

おひとりで子どもを迎えるという選択そのものについては、シングル女性が精子提供を選ぶ前に確認したい3つのこと|法的・経済的・社会的視点選択的シングルマザーという選択肢で、法的・経済的・社会的な視点から整理しています。

ご相談を承っています

この記事は、e-Gov法令検索で確認できる民法の条文と、法務省が公開している自筆証書遺言書保管制度の情報をもとに、確認の順番を整理したものです。ロジカル精子バンクは法律事務所ではありませんので、個別の遺言の作成や法律上の判断は、弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。

そのうえで、精子提供を検討する段階での進め方のご相談はお受けしています。ご利用の流れ料金について、精子バンクの仕組みから知りたい方は精子バンクとは?日本での仕組み・費用・選び方もあわせてご覧ください。気になることがあればお問い合わせからお気軽にお声がけください。

※ 当バンクは医療機関ではなく、法律事務所でもありません。法律上の効果や個別の手続きについては、専門家にご確認ください。

← コラム・体験談 一覧へ

Related

関連する記事