当事者の悩みと向き合う 精子提供の実例

【実例】AIDか民間の精子提供か|無精子症の夫婦が迷った2つの選択肢

「精子提供って、病院で受けるものじゃないんですか?」

無精子症と診断されたご夫婦から、そんな質問をいただくことがあります。今回のご夫婦も、最初はそうでした。

ご主人の精子による妊娠が難しい可能性について説明を受け、第三者から精子提供を受ける方法について調べ始めました。そこで初めて知ったのが、AID(提供精子による人工授精)という方法でした。

ところが、さらに調べていくと、民間の精子バンクや、精子提供マッチングという方法も出てきました。

「何が違うの?」「病院のAIDと民間の精子提供、どっちがいいの?」「ドナーについて、どこまで分かるの?」「子どもが大きくなったときは?」

二人が悩んだのは、単純に、「どちらが妊娠しやすいか」ということだけではありませんでした。

自分たちは、どのような精子提供なら納得して子どもを迎えられるのか。無精子症をきっかけに、AIDと民間の精子提供について調べ、二人なりの条件を整理していった夫婦の実例です。

※本記事は、無精子症・男性不妊・精子提供について寄せられるご相談や一般的な相談傾向を参考に、個人が特定されないよう再構成した事例です。特定のご夫婦の経過をそのまま掲載したものではありません。また、AIDや第三者からの精子提供に関する医療機関の受け入れ条件、治療方法、制度等は医療機関や時期によって異なる場合があります。実際に治療を検討される場合は、必ず医療機関へ最新の情報をご確認ください。

AIDとは?第三者から提供された精子を用いる人工授精

AIDとは、夫以外の第三者から提供された精子を用いて行う人工授精です。無精子症など、夫の精子による妊娠が難しい場合に、選択肢の一つとして検討されることがあります。用語そのものの整理は非配偶者間人工授精(AID)とは?基礎から丁寧に解説AIDとは何か?精子提供を調べ始めた方が最初に知っておくべき基本用語にまとめています。

ただし、誰でも同じ条件でAIDを受けられるという意味ではありません。対象となる方や受け入れ条件、治療までの流れなどは、実施する医療機関へ確認する必要があります。

また、AID以外にも、民間の精子提供サービスや、精子提供マッチングについて情報を探す方もいます。そのため、第三者からの精子提供を考え始めたとき、「AIDと民間の精子提供は何が違うのか」という疑問を持つご夫婦もいます。

二人が知りたかった「AIDと民間の精子提供の違い」

AIDと民間の精子提供では、提供までの仕組み、医療機関の関与、確認できるドナー情報、ドナーを検討する方法などに違いがあります。

ただし、医療機関や民間サービスによって仕組みは異なるため、すべてを一律に比較することはできません。ここでは、今回のご夫婦が「確認しよう」と書き出した観点を並べています。どちらが優れているかを示すものではなく、確認先で聞くべきことの一覧としてご覧ください。

どこで進むか AID:実施している医療機関で、治療の一環として進みます。
民間:サービスごとに仕組みが異なります。まず提供までの流れを確認します。
医療機関の関与 AID:医師の診察・治療として行われます。
民間:医療機関がどこまで関わるかはサービスや選ぶ方法によって異なります。
受け入れ条件 AID:医療機関ごとに条件が定められています。対象になるかは受診先への確認が必要です。
民間:サービスごとに利用条件が定められています。
ドナー情報 AID:確認できる情報の範囲は、医療機関や提供の仕組みによって異なります。
民間:開示される情報の範囲は、サービスによって異なります。
ドナーの選び方 AID:ドナーの選定方法は医療機関の運用によります。
民間:プロフィールを見ながら、希望条件に近い方を探せる場合があります。
検査・本人確認 AID:医療機関の基準で行われます。
民間:本人確認・感染症検査・精液検査について、何を、いつ確認しているのかをサービスごとに確認します。
子どもの出自 AID:将来の情報開示についての考え方を、受診先へ確認します。
民間:サービスの方針を確認します。

大切なのは、この表だけを見て、「AIDの方がいい」「民間の精子提供の方がいい」と判断しないことです。

医療機関で提供精子による治療を希望するのか。ドナーについて何を知りたいのか。どのような確認を重視するのか。将来、生まれてくる子どもの出自についてどう考えるのか。夫婦によって、重視するポイントは異なります。仕組みそのものの整理は精子提供を検討する前に知っておきたい医療機関と民間バンクの違いと選び方で詳しく扱っています。

今回のご夫婦も、最初は、「どちらが正解なのか」を探していました。しかし、最後には、「自分たちは何を大切にしたいのか」を考えるようになりました。

今回のご相談

  • ご相談者:30代ご夫婦
  • 状況:夫が無精子症と診断された
  • 希望:夫婦で子どもを育てたい
  • 調べていた方法:AID(提供精子による人工授精)と民間の精子提供
  • ご相談内容:「AIDと民間の精子提供は何が違うのか。自分たちは何を基準に考えればいいのか」

診断を受けてから精子提供を考え始めるまでの流れそのものは、別のご夫婦の事例を【実例】夫が無精子症と診断|精子が見つからず「精子提供」を考えた30代夫婦で紹介しています。この記事は、そのあとに来る「AIDか、民間の精子提供か」で迷った時期に絞ってお伝えします。

無精子症と診断された夫

ご主人が無精子症と診断されたのは、妊活を始めてからしばらく経った頃でした。最初は、夫婦ともに、治療をすれば何とかなると思っていました。

ご主人も、無精子症について調べました。「無精子症 治療」「無精子症 妊娠」「無精子症 精子」「無精子症 micro-TESE」。夫自身の精子で、子どもを持てる可能性を探しました。

無精子症には、精子をつくる機能そのものによるものと、精子の通り道の問題によるものがあり、その区別は閉塞性無精子症(OA)と非閉塞性無精子症(NOA)の違い|TESEの位置づけと選択肢に、精巣から直接精子を採取する方法はTESE/Micro-TESE(精巣内精子採取術)とは?適応・費用・成功率の現状にまとめています。

しかし、同時に、もし難しかった場合のことも、少しずつ考えなければならなくなりました。診断後の選択肢の全体像は無精子症と診断されたら|原因・分類・治療と精子提供という選択肢で整理しています。

妻が見つけた「AID」という言葉

最初に第三者からの精子提供について調べたのは、奥様でした。

「無精子症 子供」「無精子症 妊娠 方法」「無精子症 精子提供」。検索していると、何度も出てくる言葉がありました。

AID。

奥様は、さらに検索しました。「AIDとは」「AID 無精子症」「AID 精子提供」「AID 病院」。そこで、夫以外の男性から提供された精子を用いる人工授精という方法があることを知りました。

「病院でできるなら、それでいいんじゃない?」

奥様から話を聞いたご主人は、最初、こう言いました。

「病院でできるんだ」

「みたい」

「だったら、それでいいんじゃない?」

奥様も、最初は同じように考えました。医療機関で行う。医師がいる。治療として進める。その方が、二人には分かりやすく感じました。

でも、実際に調べ始めると、二人には新しい疑問が出てきました。

「ドナーって、どんな人なの?」

ご主人が聞きました。

「AIDの精子って、誰の精子なの?」

奥様は、「ドナーの人じゃない?」と答えました。

「それは分かるけど」

ご主人は、スマートフォンを見ながら言いました。

「どんな人なの?」

奥様も、答えられませんでした。

年齢は? 身長は? 血液型は? どんな仕事をしているのか。どんな人柄なのか。健康状態は? 家族歴は? 将来、子どもがドナーについて知りたいと言ったら?

二人が気になったのは、「精子」だけではありませんでした。その精子を提供した、「人」についてでした。ドナーの情報がどこまで開示されるかという考え方は、精子提供は匿名と非匿名どちらがいい?それぞれのメリットと考え方でも整理しています。

夫が一番気にしていたのは「子どもに似るか」だった

ある夜。ご主人が言いました。

「変なこと聞いていい?」

「何?」

「子どもってさ」

少し間がありました。

「俺には似ないんだよな」

奥様は、すぐには答えませんでした。

「遺伝的には、そうだね」

ご主人は、「だよな」と言いました。そして、またスマートフォンを見ました。

この時期の気持ちの揺れについては、【実例】夫が精子提供を受け入れられない|無精子症夫婦が話し合ったことでも別のご夫婦の例を紹介しています。

「だったら、少しでも俺に似た人って選べないの?」

しばらくして、ご主人が聞きました。

「血液型とかは分かるの?」

「どうだろう」

「身長とか」

「調べてみる」

「顔とかは?」

奥様は、そこで初めて気づきました。ご主人は、AIDそのものを拒否しているわけではありませんでした。でも、自分と遺伝的につながりのないドナーから精子提供を受けて子どもを迎えることに、まだ気持ちが追いついていなかった。

「だったらさ」

ご主人が言いました。

「少しでも俺に似た人って選べないの?」

「精子ドナーを選ぶ」という考え方を初めて知った

奥様は、検索する言葉を変えました。「精子提供 ドナー 選べる」「精子ドナー 選び方」「精子提供 血液型」「精子提供 身長」「夫に似た 精子ドナー」。

そこで、民間の精子提供サービスや、精子提供マッチングという方法があることを知りました。プロフィールを確認しながら、希望する条件に近いドナーを探す。二人にとっては、それまで知らなかった考え方でした。民間バンクで確認できる情報の種類は精子提供のドナーはどう選ぶ?民間バンクで確認できる情報と選び方にまとめています。

でも「選べるなら民間の方がいい」とはならなかった

ここで、ご夫婦はすぐに、「民間の精子提供にしよう」とはなりませんでした。むしろ、新しい不安が出てきました。

「このプロフィール、本当なの?」「本人確認は?」「感染症検査は?」「精液検査は?」「何人くらいに提供しているの?」「提供後に連絡を取ることはあるの?」「将来、子どもが会いたいと言ったら?」

選択肢が増えたことで、確認したいことも増えました。

妻は「条件」、夫は「安心」を見ていた

奥様は、最初、ドナーのプロフィールを中心に見ていました。年齢。身長。血液型。学歴。職業。外見。健康状態。

一方、ご主人は違いました。

「本人確認してる?」

「検査は?」

「この人、本当にこの人なの?」

奥様が、「結構慎重だね」と言うと、ご主人は、こう答えました。

「だって、俺たちの子どもに関わる人だろ」

その言葉を聞いて、奥様は少し驚きました。以前のご主人なら、「俺の子じゃない」と言っていたかもしれません。でも、このときは、自然に、「俺たちの子ども」と言っていました。

AIDと民間の精子提供で、二人が比較したこと

二人は、「どちらが正しいか」ではなく、自分たちが確認したいことを書き出しました。

1.どのような方法で提供を受けるのか

医療機関での治療として行うのか。それ以外の方法を検討するのか。方法ごとの違いは人工授精(AID)・体外受精(IVF)・シリンジ法の使い分け|精子提供でどの方法を選ぶべきかで整理しています。

2.ドナーについて何を確認できるのか

年齢。血液型。身長。体格。健康状態。その他のプロフィール。

3.本人確認はどのように行われているのか

プロフィールだけではなく、提供者本人について、どのような確認が行われているのか。身元確認が必要とされる理由は精子提供で身元確認はなぜ必要?ロジカル精子バンクが本人確認を徹底する理由で説明しています。

4.感染症検査・精液検査

どのような検査結果を確認できるのか。いつ行われた検査なのか。感染症検査の考え方は精子提供における感染症検査の重要性に、精液検査の数値の見方は精液検査の見方|精子濃度・運動率・正常形態率の基準値を解説にまとめています。

5.提供回数

一人のドナーが、どの程度の提供を行っているのか。

6.将来の子どもの出自

生まれてきた子どもに、精子提供についてどう伝えるのか。将来、子どもが自分の遺伝的なルーツについて知りたいと思った場合、どのように考えるのか。論点の整理は精子提供で生まれた子どもの「出自を知る権利」とは?海外の動向と日本の課題精子提供で生まれた子どもにいつ・どう伝えるかで扱っています。

7.夫婦二人が納得できるか

最後は、ここでした。

条件が良いから。簡単だから。早いから。それだけではなく、二人が納得して子どもを迎えられる方法なのか。そこを一番大切にしました。話し合いの進め方は精子提供を始める前に夫婦・カップルで話し合うべき5つのことも参考にしてください。

AIDと民間の精子提供は、同じ「精子提供」でも確認することが違う

AIDも、民間の精子提供も、第三者から提供された精子を利用するという点では共通しています。

しかし、実際に検討する場合には、提供の仕組み、医療機関の関与、ドナーについて確認できる情報、本人確認や検査、提供後の関係、子どもの出自に関する考え方など、それぞれ確認すべきことがあります。法律上の親子関係の考え方は精子提供と親子関係|民法特例法を解説で概要を紹介しています。

そのため、「AIDか民間か」という二択だけで考えるのではなく、自分たちは何を確認してから決めたいのかを整理することが重要です。

「俺に似ている人」から「俺たちが納得できる人」へ

最初、ご主人が求めていたのは、自分に似たドナーでした。同じ血液型。近い身長。近い体格。できれば、外見の雰囲気も近い。

でも、ドナーについて調べていくうちに、少しずつ考え方が変わりました。

「似てるだけじゃダメだな」

奥様が、「どういうこと?」と聞きました。

ご主人は、言いました。

「ちゃんとしてる人か分からないと嫌だ」

そして、少し考えて、こう言いました。

「俺に似てる人じゃなくて、俺たちが納得できる人じゃないとダメなんだな」

夫に似た精子ドナーを探した夫婦

夫に似たドナーを希望すること自体が、悪いわけではありません。血液型。身長。体格。外見上の特徴。夫婦によって、希望する条件は異なります。

ただ、「夫と同じ人」を探すことと、「夫婦が納得できるドナー」を探すことは、必ずしも同じではありません。

実際に夫に似た精子ドナーを探しながら、夫婦で希望条件を整理した過程は、【実例】夫が無精子症と診断|精子が見つからず「精子提供」を考えた30代夫婦で紹介しています。

精子提供マッチングで確認したいこと

民間の精子提供マッチングを検討する場合、プロフィールの条件だけで判断するのではなく、そのサービスで、何が確認されているのかを見ることが重要です。

本人確認。感染症検査。精液検査。ドナー情報。提供方法。提供回数についての考え方。提供後の連絡。将来の子どもの出自。そして、サービス側がどこまで関与するのか。

「精子ドナーがたくさんいる」というだけではなく、どのような情報を確認したうえで選べるのかを確認してください。サービスの見極め方は精子提供マッチングの選び方|SNS個人間・民間バンク・医療機関の違いにまとめています。

実際に精子提供マッチングで希望条件を整理し、複数のドナー候補を比較した過程は、【実例】精子提供マッチングでドナーを探した38歳女性|希望条件から選ぶまでで紹介しています。なお、当バンクでご指定いただける条件は料金プランによって異なります。

「病院か民間か」だけでは決められなかった

ご主人が、最後に言った言葉があります。

「最初は病院なら安心だと思ってた」

奥様が、「うん」と答えました。

「その次は、選べるなら民間の方がいいのかなと思った」

「うん」

「でも、どっちもそれだけじゃ決められないな」

奥様が聞きました。

「じゃあ何で決める?」

ご主人は、少し考えました。

「俺たちが何を知ってから決めたいか、じゃない?」

AIDと民間の精子提供について、よくあるご相談

AIDと民間の精子提供、どちらを選べばいいですか?

一律に、どちらが良いとは言えません。AIDを含む提供精子による治療について、まず医療機関へ相談する方法があります。一方で、民間の精子提供や精子提供マッチングについて、情報収集する方もいます。

重要なのは、「どちらが有名か」「どちらが簡単か」だけで判断せず、それぞれの仕組みや確認できる情報を理解したうえで、夫婦が何を重視するのか整理することです。

無精子症ならAIDを受けられますか?

無精子症の場合、夫自身の精子による妊娠が難しいケースで、提供精子を用いたAIDが選択肢として検討されることがあります。

ただし、無精子症であれば必ずAIDを受けられるという意味ではありません。実際の対象条件や受け入れ条件、治療までの流れなどは、医療機関によって確認が必要です。AIDを検討している場合は、提供精子による治療を行っている医療機関へ、現在の受け入れ条件を直接確認してください。治療を続ける選択肢とあわせて考えたい場合は、無精子症と診断されたら|原因・分類・治療と精子提供という選択肢もご覧ください。

AIDではドナーを選べますか?

AIDで確認できるドナー情報や、ドナー選定の仕組みについては、医療機関や提供精子の仕組みによって異なる場合があります。

そのため、「AIDならドナーを選べない」「必ずこの情報まで分かる」と一律に考えず、利用を検討している医療機関へ確認することが大切です。国内でAIDを実施する施設をめぐる状況はAIDのドナー不足が深刻化|日本の精子提供が直面する現状と課題でも取り上げています。

民間の精子提供なら安全ですか?

民間サービスだから安全、あるいは危険、と一律に判断することはできません。重要なのは、どのような仕組みで運営されているかです。

本人確認はあるのか。感染症検査は確認されているのか。精液検査について確認できるのか。ドナー情報はどこまで確認されているのか。提供方法はどうなっているのか。契約や同意についてどう考えられているのか。サービスごとに確認してください。契約書を交わす意味については【トラブル回避】精子提供における「契約書」の役割とは?法的効力と署名の意味で解説しています。

まだAIDか民間の精子提供か決めていなくても大丈夫です

無精子症と診断されたばかり。治療中。夫自身の精子による妊娠が難しいと言われた。AIDについて調べている。民間の精子提供も気になっている。精子提供マッチングについて知りたい。でも、まだ何も決めていない。

その段階でも構いません。最初から、「AIDにする」「民間にする」と決める必要はありません。

まず、それぞれどのような方法なのか。そして、自分たちは何を大切にして子どもを迎えたいのか。そこを整理してから、考えてみてください。

登録ドナーのプロフィールはドナーを探すでご覧いただけます。ご相談から提供までの進め方はご利用の流れにまとめています。

なお、ロジカル精子バンクは医療機関ではありません。無精子症の診断・治療や、AIDの受け入れ条件については、医療機関にご相談ください。

「まだAIDか民間か決めていない」という段階のままで構いません。気になることがあれば、お問い合わせからお気軽にお声がけください。

← コラム・体験談 一覧へ